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2010/12/9稽古日誌「自分を縛る杭」

本日の稽古には金曜クラスのMさんも参加してくれた。
木曜日の午前クラスは現在生徒がOさんの一人なので普段はマンツーマン稽古。

それはそれで密度の濃い稽古ができるのだが、いつも同じ相手だと感覚が限定されやすくなるのでこうやってたまに他の人が稽古に参加してくれるとOさんにとっても勉強になるので非常にありがたい。

というわけで、今日は最近の課題である「先」をとらえながらOさんとMさんとでお互いに技をかけて稽古してもらった。

稽古の後で、たまたま八光流柔術の技の体系についての話になった。
八光流柔術は型の数が少ない。
何千という型を持つ流派もあるが、八光流は全部合計しても100前後。
さらにその型には立ち技・座り技の違いだけの類似系の型も含まれているので、それを絞っていくとさらに半分以下くらいになってしまう。

型が少ないというのはどういうことか。
その理由の一つが型にしばられないということ。

型というのは沢山あればあるほど「覚える」ことが多くなるのでどうしても足し算的な稽古になってしまう。
そうではなく、いかに自分がやってきた余計なことを手放すか
そういう引き算が八光流なんです。

ある一つのやり方が長すぎると、それを手放すのが難しくなる。
自分がやってきた慣れたやり方を手放して再びゼロからはじめる。

それが出来るか、出来ないか。
そこが八光流上達の分かれ道でもある。杭の象

杭につながれた小象は、大きくなってもその杭から抜け出せないという。
身体も大きくなり力もついて、小さな杭など簡単に引き抜けるというのに・・・。

自分自身で作った「思い込み」という杭が自分自身を縛ってしまうのです。
八光流はそんな思い込みを手放すための稽古です。

ようするに何が言いたいかっていうと。

「クイのない人生を送りましょう」

ってことかな。

| 稽古日誌 | 16:11 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

縛りをつくらない

型が少なくても稽古の種類は限りなくあるということも言えますか?

縛りを作らないことも稽古のひとつですか?例えば「常に(相手が変わっても)再現できるような"正しい動き"」を過去の経験から探し出そうとするような思い込み、どうしても出てくると思うんですが。

| hanamariko | 2010/12/10 12:35 | URL | ≫ EDIT

>型が少なくても稽古の種類は限りなくあるということも言えますか?

はい「型」というのは、その中身である術理を掴めばいくらでも稽古の方法は広がります。
「技はひとつ型は無限」です(*^^*)

>縛りを作らないことも稽古のひとつですか?例えば「常に(相手が変わっても)再現できるような"正しい動き"」を過去の経験から探し出そうとするような思い込み、どうしても出てくると思うんですが。

確かにありますね~。
知識と経験も必要ですが、やはりそれに縛られては意味がない。
だから知識と経験を「読み取り専用」ではなくいつでも「上書き可能」な状態で利用することが大事かな、と思います(^^)

| あんころ猫 | 2010/12/10 13:48 | URL | ≫ EDIT

ご回答いただきv-48温まりました。ありがとうございまーす!

| hanamariko | 2010/12/10 17:13 | URL |















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