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2011/1/27稽古日誌「勝手に転がらない」

八光流柔術の午前の稽古は1人、午後の稽古は2人でした。
午前、午後の稽古ともまずは身体の中に線を通す稽古。

線をつくりながら転ぶという稽古は、稽古をしながらたまたま思いついた方法だが、我ながら非常に良い稽古だと思う( ̄∇+ ̄)。
(線を感じながら転がる稽古の詳細は以前の記事「2011/1/21稽古日誌「足の裏に通す」を参照してください)

相手と力をぶつけないというのは柔術の技の根本原理ではあるのだが、とにかく力を抜けば良いと思っちゃうと今度は相手の技に関係なく勝手に転がるようになる人もいる。

「力をぶつけてはいけない、しかしわざと転んではいけない」

そういうと、最初はどのように受けをとればいいのか迷ってしまう人も多いのだが、線を感じながら転がる稽古は、まさに相手との力をぶつけずにそれでいてわざとではなく転がるというのを自然に身体で覚えられる稽古だと思います。

また、身体が柔らかい人や運動神経の良い人などは相手の動きを上半身だけで力をそらしてしまいがちですが、これでは柔術の感覚としては×。
実際に上半身だけを柔らかく動いている人ほど下半身は反対に安定させようとがっちり居付いている。

足の裏まで力を線で通す。
この感覚を身につけなければ、ちゃんと転がることもまた技をかけることも出来ない。視角に頼らない


この稽古の時に3人で組んで行うのも理由があって、これだとどこから押されるかわからない状態が作れるということ。

1対1だと目で見て自分で勝手に予測して転がってしまう人がいる。
これでは身体で感じているのではなく思考で推測して一人で転がっているだけである。


2人から色々な方向から押されることで動きを予測するのではなく純粋に身体で反応できるようにする。
そういう意味では2人に限らず人数が増えれば増えるほど予測はできなくなるので難度は上がりますが面白い稽古になります。

どうしても「見る」という行為は五感の中でも非常に優位性が高く、また依存しがち。

ならば線を通す稽古の時、もし目をつぶってやったらどうなるだろう。
実際やってみるとわかるが、見ている状況とはかなり感覚が変わります。
ただし、この目をつぶる方法に関しては説明すると長くなりそうなのでまた別の機会に。


先日の記事で「どんな技でも100%転がれる」身体を目指して欲しいといいました。

ただし「どんな技でも100%(勝手に)転がれる」ではなく「どんな技でも100%(身体に通して)転がれる」ようにならなくては意味がありません。

目の前の相手とちゃんとコミュニケーションを取らず、また自分の感覚だけで勝手に転がっていては道場で仲間と稽古をしている意味がなくなってしまいます。

そういう身体のことを身勝手というんです( ̄ー+ ̄)

| 稽古日誌 | 11:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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