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2011/3/27稽古日誌「身体でわかる」

本日の八光流柔術は午前と午後の稽古。
午前に2人、午後は2人+体験入門者1人の3人でした。

午後の稽古では、体験入門者向けに身体の基本的な力の抜き方から。
門人にとっては復習のようなものだが、基本的な身体の使い方はいくら繰り返しても充分とは言えないくらい重要。

同じ動きが入門して1ヵ月後、1年後、5年後とどのように変化していくか。
ずっと稽古していると自分の変化というのはわかりづらいが、ふと基本的なことに戻った動きをやった時に、「あっ」と驚くくらい自分の身体が変化していることに気づく。

実際、今回の稽古でも門人2人の八光捕りは入門時とは比較できないくらい非常に上手くなっていた。
こいうのは教えている側としてはとっても嬉しい限りです(^▽^)

さて、今回の稽古では身体の使い方と同時に、柔術における考え方というものを喋った。
といっても普段の稽古ではあまり喋らないというわけではなく、普段も稽古中はずっと喋っている方なのに今日はさらに喋りまくったという表現が近いかも(^^;)

そんな話のひとつが、「理解する」「わかる」「納得する」というのは身体で感じるというものということ。
腑に落ちる
例えば「腑に落ちる」という言葉の「腑」というのは「臓腑」つまり内臓である。
つまり何かが「あっ、そうか」「なるほど」となった時は頭ではなく身体で反応するということ。

そう言っても「そうなのかな~?」という人もいると思うが、実は殆どの人は無意識にそのことはわかっているのです。

例えば、人から何か説得等された時に「頭ではわかっているんだけど・・・」という言葉がよく出てきます。

ではこの「・・・」にはどんな言葉が続くのだろうか?

実は「頭ではわかっているんだけど・・・身体ではわかっていない」と続くのです。

つまり殆どの方は、意識していようがしてまいが、理解する、納得するというのは身体で感じるということをちゃんと知っているのです。

他人を見ていても、「なるほど」「そうか」「わかりました」、そう言った時にふっと肩の力が抜けたり、表情が緩んだり、息をふーっと吐いたり、必ず身体が変化している事がわかります。

逆に表情も身体も変化せずに「わかりました」と口だけで言った時は、まだ頭で理解しただけで身体が納得していない、つまり腑に落ちない状態なのです。

柔術というのは、「わかる」「納得する」「理解する」という事を身体そのものにダイレクトに伝えるものです。
だからごまかしようがないし、思い込みや勘違いではどうにもならない。

こういった話をした直後、門人は一瞬ハッとした顔をし、そしてニコっと笑顔になりました。

どうやら腑に落ちたようです( ̄ー+ ̄)。

| 稽古日誌 | 21:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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