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柔術稽古日誌「上手い技より上手い稽古」

柔術の稽古というのは相手がいなければ出来ません。
これは稽古をしていれば当たり前なんですが、逆に当たり前すぎて相手の存在というものを疎かにしてしまうことがあります。

特に柔術というものを自分の身体運動を究めるというところに主眼を置きすぎると意識が自分の身体ばかりにいってしまいます。

もちろん自分の身体感覚を高め身体をコントロールするというのは大事ですが、そこにとらわれ過ぎないようにしなくてはなりません。

柔術の技というのは自分の身体と相手の身体を組み合わせたときに起こる化学反応ようなものです。

だから相手をよく観察できている人は、相手によってどんな化学反応が起こるかをよく見極め自分の感覚を調整しながら稽古を行います。
これって要は相手とのコミュニケーションなので、こういう対応がスムーズに出来る人いうのは人や場の空気を察するのが上手い人が多い。

逆に技が上手であったとしても相手の事がよく見えていないと技が身体運動やテクニックに走りがちになってしまいます。

そういう意味では技が上手いということと稽古が上手いということは必ずしも一緒ではない。

もちろん理想的には技も稽古も上手というのが一番だけど、どちらの方がより大切かといえば私としては上手い稽古をしてもらいたいと思ってます。

上手い稽古は自分だけでなく組んだ相手も成長していきます。
相手が成長するということはそのまま底上げ的に自分も成長することが出来るのです。

しかしいくら技が上手くても稽古が下手な場合は組んだ相手は成長することが出来ません。
相手が成長できなければ自分もまた成長が止まってしまいます。

つづら
昔の丸大ハムのCMで「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」なんてのがありましたが、それを真似るなら

「下手くそでもいい、上手い稽古をしてほしい」

といったところですかね。

例えが古すぎますか・・・(^_^;)

| 稽古日誌 | 13:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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