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柔術稽古日誌「失敗からはじまる」

柔術の技というのは相手との力の衝突を避けなくてはいけない。
そういう意味では力の衝突が起きずに技が出来れば成功であり、衝突が起きれば失敗となる。

例えばある技をやっていて途中で力の衝突が起きると「あっ、失敗」と言って最初に戻って技をやりなおす。
もう一度やってまた衝突すればまた技をやりなおす。

門人の稽古を見ているとこのような状態を延々と繰り返している場面をよく見かけます。

こういう時は「技の途中で失敗したらその姿勢のまま止まって」と言い、失敗した姿勢のまま身体のチェックをしてあげます。

失敗の観察
「重心は踵に来てる?つま先になっていたら踵重心にして」

「姿勢が前傾しているね。姿勢をまっすぐにして」

「肩が緊張しているから脱力して」

このように身体の問題点をひとつずつチェックしながらなおしていきます。

全ての問題点をなおしたら「じゃあ、そのまま技の続きをやってごらん」と言います。

すると先ほど力が衝突してぴくりともしなかった相手がまるでつっかえ棒が取れたように簡単に動き崩れて転がります。


技が失敗するということは必ずそこに原因があります。

その原因をなおすことが出来れば失敗の壁を乗り越えることが出来るし、逆に失敗したからといってその原因を探らずにただ何度繰り返しても同じ失敗を繰り返すだけです。

力の衝突を気にしすぎるとそれを恐れて技の失敗を避けようとしがちになります。
避けなくてはいけないのは力の衝突であって失敗という現象ではありません。

「失敗は成功のもと」という言葉がありますがこれを英語で言うと
「Failure teaches success」

直訳で言えば「失敗が成功を教える」


まさにそういう気持ちで失敗を捉えるのなら稽古というのは失敗しないことではなく失敗するところからはじまるのです。

| 稽古日誌 | 18:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

失敗も成功のうち

失敗と成功はVS,対比されることが多いと思うが、失敗は決して失敗ではない。

失敗をきちんと出来ればそれを止めれば成功への一過程であることは、エジソンの電球の発明のエピソードと同じである。

失敗すればこそ、新たなトライプロセスが見えて来る。

他の人の失敗は自分自身の成長の過程。

我が失敗は、さらなる成長の過程。

失敗する時はきちんと失敗すれば良い。

だが、大概は失敗をさも偶然の様に装う、自分としたことがあるいはなんで出来ないんだと。

いや、いや、出来ない事を自分がしたからこそ、出来ない当然の結果がついてくる。

あんころ猫先生の教示してくれるように、失敗すると言うことは必ずそこに原因がある。それを自らの身体を通して如何に素早く、素直に思い知るかが稽古では?

同じ事を何度も何度も繰り返す必要は無い。
その失敗という成功過程はその都度一度で良い。

失敗を如何にどれだけ、しっかりと味わうか。誤魔化すか?
稽古の質はそれで高まるか?

| 5/1入門あんころ紅の豚 | 2014/06/11 00:14 | URL | ≫ EDIT

失敗をさせてくれる先輩

6月12日(木)田端クラスで失敗についてなるほどと思ったことがある。

ある程度それなりの身体の有り様と使い方で出来てくると大概の人にはそれなりに効くようになるが、間合いが異ななり、重心、重さのバランスが異なる相手と組むと、それまで出来ていたことがてきめんに効かなくなる。

若いが先輩門人にそういう人が一人居る。

それまでうまく行っていたのが嘘のようにうまく行かなくなる。ちょっと前だったらそれで自分自身を否定して、なんでと落ち込むのが関の山だったろうが、八光流を学ぶようになってからは、逆にそれが稽古だと思える様になり、何が問題かお互いに学び合えるようになってきた。

もちろん、あんころ猫先生のワンポイントレッスン、教示などもある。その指摘により気付くこともあるが、しかしながら真に自分でその相手とやって苦労して、試行錯誤して、それで初めて先生の言うことが腑に落ちる時が来る。

その彼が居てくれるおかげで、自分の有り様がさらに深掘り出来る。余計な事をしている自分に出会え、そしてそれを削いでいける。決して力んで、余計な事をして、技をそらしたり、稽古を台無しにする様なことはしない。きちんと素直に受けてくれる。きちんと受けてくれるからこそリトマス試験紙になる。

その失敗を元に、注意点、工夫点を他の人と稽古して、最後に再度受けてもらったら、それまで崩せなかったのが、何とかぎりぎり崩すことが出来た。

また、余計な力み、無駄、無理はあるのは体感出来るが、それでも最初の無効な状態からは身体が解放されてきたことは実感される。

リトマス試験紙君だ。

彼が居てくれると他の人との成功体験を元にさらに精度を高めるための学びの場となる。

また、この八光流の稽古で有り難い事は、やはり先輩がそれなりにアドバイスをくれる。そして身をもって提示してくれる。

身をもって味わえ、相互学習、工夫の時間でもあり、そこが面白い。

ほんのちょっと余計な事を省くだけで切れがよくなる。

自分ではそんな事しているつもりが無いことをしている事に気付かされる。

失敗してこそ、気づきも、成長も得られる。
新たしく入門した人、そして以前からの先輩もおり、色々なタイプの人と触れ合え、様々体験し、試してみられるのが面白い。

| 5/1入門あんころ紅の豚 | 2014/06/12 22:47 | URL |















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