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柔術稽古日誌「立て板に水」

最近は腕の落下の稽古が多いのだが、どうしても腕ばかりに意識がいってしまい姿勢がおろそかになりがち。

姿勢に関してはどのような技の時でもまっすぐが基本。
具体的には壁を背にした時にお尻、上背部、後頭部がぴったりとくっついた状態。
この時もちろん重心は踵。

この姿勢を維持してもらいたいのだがどうしても腕の動きにつられて重心が前に移動したり、身体が前傾してしまう。

しかし背中に壁を意識してまっすぐを保つようにしてもらうと意識しすぎて身体が固くなってしまう人も多い。

そういう時は床に仰向けに寝てみてもらって
「今、身体はリラックスしていてるけど床に対して身体はまっすぐだよね」
「はい」

それから起きてもらって今度は背中に壁ではなく床をイメージして立ったまま仰向けに寝ているようなイメージをしてもらうと壁を意識している時よりもリラックスしてまっすぐの姿勢を作ることができます。

さて具体的に腕の落下の際に姿勢がどのように影響するのか。

身体の傾き1
例えば腕の落下中に自分の身体が前に傾いてくると相手の傾きと自分の傾きがお互いに支え合いバランスが取れてしまいます。
「人」という字みたいな感じ。
これではいくら腕を落下させようとしても自分と相手の身体が傾いて釣り合いが取れた位置で動きが止まってしまいます。

逆に前に傾かないようにと後ろに傾く(仰け反る)と今度は相手はその斜面によりかかりやすくなり、相手の体重を自分が支えるような形になって自分自身が崩れてしまいます。
身体の傾き2
身体がしっかりと真っ直ぐに立っていれば傾いてきた相手は自分を支えにすることもよりかかることもできずにズルズルと滑り落ちていきます。

イメージとしては「立板に水」のように相手をするするっと淀みなく滑らすような感じですね。

立て板に水
稽古の時は技だけでなく指導の喋りも立板に水のようにすらすらといきたいですね。
私の場合は単にしゃべりが滑っていることも多いのですが(^_^;)


| 稽古日誌 | 14:43 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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乾燥したところに水、渇きそうなさらに水

本日7月30日(水)の松戸での稽古も、非常に面白かった。

自分自身の身体が、思っている身体と実際の身体が、思っている以上に誤差、勘違いがあることに、まざまざと気付かされた。

自分一人では中々気付けない点、カッパの皿の水がなくなり乾燥し掛かっている所に、あんころ猫先生は実に的確に水をかけてくれる。

べしゃべしゃにむやみに水をかけるのでも無く、ワンポイントその時点で一番効率よく水をかけ、説明し、指摘してくれる。

実に良く染み渡るように、しゃべってくれる。
一見違うような課題をしていても、でも、その日の課題に応じて、分かり易く問題点、課題を乗り越えられるように、立て板にスライムのようにじっくり染み込み味わえるようにしてくれる。

後は、じっと見守り、好きにさせてくれる。
煮詰まった時に、適切に水をかけてくれる。

少人数の稽古だからこその必要な箇所に必要なだけ水をかけて貰える。

決してしゃべりがすべることはない。今の所は?!

前回、煮詰まってぐだぐだになっていた部分もおかげで実にスッキリした。

| あんころ紅の豚 | 2014/07/30 23:29 | URL | ≫ EDIT

お盆を用いないお盆の稽古

本日、8月15日終戦記念日の馬橋での稽古は、師範3人に門人3人と言う豪華な稽古会だった。

稽古は相変わらず肩、肘、手首の順の落下の稽古だがその応用としての手鏡、切り落とし、などの場面設定での稽古もあり、ほんの少し違うだけでも、自分の欠点がすぐに顔を出して来ることが分かった。

しかも、豪華な稽古相手であり、呆れるくらい手応えのない崩れ方を体験出来、まだまだ 力づくで、力み、息み自分で固まってしまっていることがはっきりと分かった。

また、重さをかけると言うことも、まだまだ勘違いしていたことにも気付くことが出来た有意義な稽古であった。

稽古相手を変えると新たな課題が見つかり、その課題を乗り越えるための自分自身の崩れ、歪みが見えて来て、アドバイス、手ほどき(ワンポイントひと触り)をして貰い、乗り越える、新たな自分と出会え、稽古としては最高の稽古だった。

棒を使って落下するイメージを伝えてもらったのが本日の稽古では大きかった。
自分が如何にやる気満々で自分から落下を阻止しているか、崩れて行っているのか、それを改善するにはどうするのか。明快に分かった。
また、座っての手鏡、合気投げ?での一連の流れが、最初はぶつ切り、細切れから最後と言うかある瞬間に流れられるようになったのには驚いた。
先生に受けと取ってもらったら流れた。というか、流して貰えた。

また、それぞれの動きに自分と相手との関係性の中でその時々で必然の通り道、風の吹き抜ける道があることも感じられた。自分がやると言うよりは相手に教えて貰い、相手に導いてもらう感じ。

しかしその要点としては、基本に戻るといえばそれだけ。
・壁を意識した姿勢
・落下をきちんとする
・ヘソを合わせる
・いつでも転がれる状態
・接触面は動かさない。動かすのは身体
おまけとしては
・小さい前ならえ
・小指への意識と使い方。
・尺骨と橈骨、小指側と親指側
・伸ばすのも落下?
・立っても、座っても、1本でも、2本でも、同じ。

で、本日の感じたことは、落下は、落下であり、重さは筋肉力ではない。崩すとは、触れた感覚の情報操作であり、会話であり、リラックスへの誘いである。まずは、自分が如何に崩れずにリラックス出来るか、相手を感じ続けていられるか⁈

シンプルだか人体の妙、面白さを堪能出来た。
棒は用いたが、お盆は用いなかったお盆の稽古でした。

| あんころ紅の豚 | 2014/08/16 06:39 | URL | ≫ EDIT















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