ブログパーツ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

柔術稽古日誌「皮膚というつながり」

2月、3月は外部でのセミナーやワークショップが続きました。

活法研究会でやらせていただいたセミナーでは参加者皆さんが鍼灸師などの施術家。
さすが普段から患者さんの身体に触れているだけあって接触感覚は非常に繊細で上手でした。
【鍼灸師のための古武術整体】活法研究会セミナーレポート(フェイスブック内の記事です)

東松山で行われたWSでは参加者の殆どの方が何らかの武道を経験されている方達でした。
普段とは違う身体の使い方や技の考え方などを楽しんでいただけたんじゃないかなと思っています。
「ココロとカラダの学びの場」ワークショップレポート

道場での最近の稽古では相変わらず「皮膚」を中心に色々と変化させていっています。

皮膚膜1関節や筋肉というのは身体の中でそれぞれが独立したパーツなので力の伝達が途切れやすい。
しかし皮膚というのは身体全体を包む一枚の膜です。

例えば手首あたりの皮膚を少しずらすと、その隣の皮膚も少しずれます。
するとさらにその隣の皮膚も少しずれます。
皮膚全体が一枚の膜と考えるなら手首の皮膚を少し動かしただけで最終的に足裏の皮膚まで動くと考えてもいいわけです。

これは実際に足裏の皮膚が動くかどうかということよりも皮膚は身体全体でつながっているという意識が大事です。

例えばこんな事をやってみます。

まず最初は正面から相手の手首を握り、相手の骨や筋肉など腕全体を引っ張ってみる。

当然相手が踏ん張っていれば簡単には崩れません。

次に相手の手首の辺りの皮膚だけをゆっくりとずらすように引っ張ってみる。
すると先ほどと比べて相手は簡単に崩れていきます。
皮膚膜2
受ける側の感覚としては骨や筋肉を引っ張られると腕だけが引っ張られるような感覚ですが、皮膚をひっぱられると身体全体がひっぱり出されるような感覚になります。


この稽古法自体は以前の稽古日誌「皮膚を動かす」でも紹介していますが、現在やっている稽古のポイントは皮膚そのものの動きではなく皮膚を通じて「全体のつながり」を感じ取るということです。

皮膚というものが身体全体に繋がっているというイメージが持てるようになると柔術で言う「線」というものがどういうものなのか感覚的にわかってきます。

ちなみに皮膚というのは身体の中でも非常に繊細なセンサーですが、柔術的には皮膚は「だましやすい」器官とも言えます。
それについてはまたいずれ。

| 稽古日誌 | 01:11 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

皮膚は一枚、身体全体でつながっている!

◼️ 2015/04/10 (金)馬橋道場
本日は広沢先生、K師範、M師範そしてM先輩と超豪華な稽古だった。

本日も皮膚接触で崩す稽古というか、軽い皮膚接触でも崩れてもらえる姿勢の稽古だったが、初めての体験をいくつかさせてもらえた。

K師範から、姿勢を整えて軽い緩い皮膚接触のみで、つながり、流すだけで崩れることを伝授してもらった。
まさに伝授だ。言葉、口頭での説明はあるが、それは付け足し。身を介して初めて伝わって来て、頭ではなく身体で了解された。

これまでも何度か伝えてもらったことがあったが、今日はまた格別だった!

えっ、こんなんでいいの?!
嘘でしょうと思う位の力感のなさ!
やったか感じのなさ!
しかし一方では、部分ではない身体全体での相手とのしっかりした一体感も味わえる!

身体に伝えてくれ、身体で受けてもらえた。

肩、肘の隙間(空間)をゆるゆるにし、足元、お腹の呼吸による緩みとともに結果として動く動きで崩すというか、相手が寄り掛かっている支えを落下させ、経絡を通してつながっているだけ。

正中線、軸を取って繋がった瞬間、半身で腹から少し回転するだけで、相手は同調して崩れる。

初段の座り技伝授して貰う。いずれも、皮膚接触と中枢側からの落下。緩みで、決まる。

本当に皮膚接触と緩んだ重さでつながり経絡を感じそれを詰めて、緊張部分(筋腹)部分に包丁(手刀)を軽く当てて、更に経絡を少し詰めれば、それで十分効く。力は要らない。本当に手を添え、軽く乗せるだけ!
逆に軽く乗せるからこそ効く!!!

本逆、手刀絞、木葉返しも同じ。
全く力は要らない。包む、軽く接する。楽にする。姿勢をすっーと気持ち良くするだけ?!
小指を軽く伸ばすだけで相手は、手を離せなくなり、経絡を通して相手に力(重さ、重心移動)を伝えられる。伝わってしまう。
踏んだ反動の重さの移動で相手を崩せる。
身体を自由に楽に気持ちよく。
受けで技を決められた時も息を吐き楽に任せると、痛さ、つらさは楽になる。
そのように受けると初めて部分の痛みでない痛みで身体全体が反応してしまう初めての感覚も味わえた。

自分では、左側半身の方が、緩んでいると思っていたが、とんでもない誤解であった。
腕押捕、胸押捕、打込捕で、左側を決められた時には、激痛で、悲鳴とともに身体が勝手に反応して、飛び上がり師範から離れ道場の隅まで、転がり逃げて、一息つくという経験をした。普段味わったことのない痛みの感じ。恐ろしいと言えば恐ろしい!
なるほど、八光流に残心無しか!

決して局所、部分、手首を力で決められたのではないことは、体感を通して実感される。

緊張した所がつぼであり、弱点であるという意味、皇法医学での経絡への指圧の意味が、体感し実感できた。

ここの所稽古してきた皮膚接触で、崩す稽古、入門以来稽古して来た姿勢と落下。それらが相まってやっと八光流らしく全く力感なく、相手を崩せる体験させてもらえ、やっと初段の稽古が出来た感じ。

"皮膚は一枚、身体全体でつながっている"という認識すると変わる。

自分の質が!

改めて、人間の感覚、呼吸の凄さ、身体のつながりの妙など面白味を感じた。 超、超、面白い!!!
また、八光流豊和会の稽古の場と稽古システムの有り難み、を感じた日だった。

| あんころころ紅の豚 | 2015/04/22 11:26 | URL | ≫ EDIT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://ankoroneko.blog115.fc2.com/tb.php/499-40e1ca6f

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT